2022年11月12日㈯13日㈰開催予定の『第24回日本在宅血液透析学会・第17回長時間透析研究会』
その中の一つのセッション
【ワークショップ2「在宅血液透析の広報を考える」】
で、恐れ多くも、イチ患者"医の素人"である私が登壇予定💦
何を話すか、どう話すか、絶賛思考中…
事務局からの要望は、以下の点
- 医療者が発信する情報と、私(=患者)が発信する情報のどこが違うのか、あるいは
- どのような違いを意識して発信しているのか
- 自分(患者)が発信する意義とは何か
「在宅血液透析の広報」という点においては
医療者側も決してうまくいっていない、という前提があるそうで
私にも
「こんなことを試行錯誤しながらの、現状がこう」
といった論の展開を期待しているとのこと。
さてさて、現時点で私なりに一つ一つ検証してみると…
- 医療者が発信する情報と、私(=患者)が発信する情報のどこが違うのか、あるいは
- どのような違いを意識して発信しているのか
医療機関HPでご紹介されている「在宅血液透析」関連情報を、大きくわけると
- 在宅血液透析の「メリット/デメリット」
- 導入までのプロセス(トレーニング工程)
- 費用
といったところか。
とはいえ、在宅血液透析に限らず
病気やその症状、治療法等は、患者それぞれ千差万別なので、情報の中身は
- 最大公約数的"なもの
- 複数の物事や事例から共通点を見つけ、これらを統合して結論を導くのが帰納法"的"なもの
に、どうしてもならざるを得ないかと。
"それ"こそが、医療者には求められていること、ともいえるが…
一方、私(イチ患者)が発信する(できる)情報は、ただ一つ
"経験談"
これに尽きる、と私は思っている。
医療者側が提供しているような「医療情報」を、素人が"代読"する必要性は、ないどころか
間違った解釈が流布される可能性という点において、むしろ"危険行為"だ。
"経験談"
「医学専門情報」から比べると、かなり"安っぽい"が、その"安っぽさ"こそ
"医療者側"が埋められない領域ではないか。つまり
在宅血液透析を導入した「後」、在宅血液透析が患者の"実生活に落とし込まれた時"
「まあ、こんな感じ」
といった情報は、具体的で"生活臭がする"ほど、良いように(私には)思える。
「患者様の声」という形で、医療者側も患者から情報を収集し、それを取りまとめ、情報提供しているかと思う。
では、同じ「患者の声」でも
- 医療者側が"取りまとめた"「患者の声」と
- 患者自身が"リアルタイム"で提供する「患者の声」とでは
「情報の鮮度」という点で、患者"直発信"の方が、やや分があるのではないか。
「リアリティ」と「鮮度」
- 最大公約数的で、帰納的に洗練された医学専門情報と
- 他患者の"生々しい生活情報"とで
どちらが、ニーズがあるのか、いった問題ではなく
両側面、患者には必要
と、私は考え、だから今の活動をしている。
「在宅血液透析、って、どんなもの?」との疑問持つ患者は
医療者側が提供する、洗練された医学専門情報を参照すべし。
「在宅血液透析した"後"の生活が、イメージできない」との疑問持つ患者は
実際、在宅血液透析施行中の患者の「今」の一端を見聞きすることは、きっと有用だ。
3. 自分(患者)が発信する意義とは何か
「意義」を「価値」と言い換えるなら
患者が必要な情報領域でありながらも、医療者側が提供しきれない領域を、代わりに"充当"する
そこに、私の今の活動の「価値」がある(あるはず)と信じて…
これからも、日々精進して参ります。
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