2022年7月25日
世界陸上オレゴン大会が閉幕
1997年のアテネ大会から13大会連続でメインキャスターを務めた
織田裕二さんと中井美穂さんが"世陸"を卒業した。
これを期に、勝手ながら
中学校から高校、大学体育会まで
陸上競技、100mを主戦場として
アスリートの端くれとして、真摯に競技に取り組んできたと自負する私が
これまで見てきた世界陸上(世界陸上に限らず?)の中で
特に印象に残る名場面、名選手を
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私の印象に残る陸上名場面/名選手をご紹介
私の世界陸上の歴史
やはり、陸上競技者として現役バリバリだった
高校~大学時代に行われた大会が、強く記憶に刻まれている。
1987年 ローマ大会
大会前からの注目は、男子100m
カール・ルイスとベン・ジョンソンとの対決
当時、私は高校生でしたでしょうか?
夜中起きて、テレビに釘付けになってレースを観たのを覚えています。
決勝レース、結果はベン・ジョンソンの圧勝
タイムも当時、驚異の9秒83
翌1988年のソウルオリンピック、再び相まみえた二人。
結果は、ローマ世界陸上以上のルイスの完敗、ジョンソンの圧勝
タイムは驚愕の9秒79!!
レース終盤、負けを覚悟したルイスの
今にも泣きそうな表情が印象的でした。
しかし、レース後のドーピング検査で、ジョンソンの体内から
筋肉増強剤「アナボリックステロイド」が検出
オリンピックの記録、メダルはおろか
過去の大会における記録も剥奪されたことは、多くの方が知るところですね。
ローマ大会では、女子走り高跳びで
未だ破られていない2m09の世界新を跳んだ
ブルガリアのコスタディノヴァが
記録もさることながら「カッコイイ女性だな」との感情も相まって
今でも強烈に記憶に残っています。
1991年 東京大会
自国開催ということで、なんとかチケット購入。
スプリント種目で、日本人初のファイナリストなるか!と注目された
高野進選手の男子400m準決勝が行われる日と
大会最終日に、東京国立競技場で生観戦しました。
大会前からの一番の注目は
当時の世界記録保持者のレロイ・バレルとカール・ルイスとの
男子100mの同門対決。
1次予選-2次予選-準決勝で、記録面では互いに譲らず、迎えた決勝。
いつもの展開、と言えばそれまでだが、それにしても
スタート出遅れ気味に見えたルイスが
後半ラスト10mを切った辺りから"まくり"、タイムは9秒86の世界新記録。
この大会のテレビ放送は日本テレビでした。
レース後、観客席から長嶋茂雄さんが
「かーる!かーる!」
と叫んでた場面、覚えている方も多いのではないでしょうか。
未だ破られていない、不滅の大記録が生まれたのが、男子走り幅跳び
今大会、100mで世界新記録を叩き出したルイスと
そのルイスの、常に後塵を拝してきたマイク・パウエルとの一騎打ち。
100mの調子そのままに、常にルイスが先行する展開。
4回目で、惜しくもファールだったものの、9m近い大ジャンプをしたパウエルが
5回目…
当時の世界記録は、1968年メキシコオリンピック
空気抵抗の薄い高地で、ボブ・ビーモンが出した不滅の記録8m90
その記録を5㎝上回る8m95の世界記録の大ジャンプで逆転金メダル。
ルイスの走り幅跳びでの連勝記録もここで途絶えることになった。
現地観戦した、男子400m準決勝。
スプリント種目、日本人初のファイナリストが生まれる瞬間をこの目に焼き付けよう!
実際は席がかなり後方だったので、レース展開を見る余裕はありませんでしたが
高野進選手の決勝進出が決まった瞬間の
あのスタジアムの興奮は、今でも覚えています。
大会最終日のチケットは、ちょっと変則だった記憶が…
男子マラソンのスタートが、今と同様暑さを考慮し、早朝のスタート。
一方、リレー競技を初めとするマラソン以外のトラック&フィールドの競技開始時間は午後。
したがって、"セット販売"的なチケットだったような…(かなり曖昧)。
最終日は、個人的なトラブルがありまして。
男子マラソンのスタートは早朝、自宅から行くにも、間に合うための電車がまだ走ってない。
ということで、一緒に行く友人(高校陸上部の同期)の知り合いが
「三軒茶屋」に住んでるとのことで、そこで前日の夜にお邪魔し
まだ薄暗い早朝、その知り合いの自転車を借り
友人と二人乗りで、国立競技場に向かいました。
まだ薄暗い早朝で、人気もほぼない公道での自転車二人乗り…
はい、警察官に職質されました💦
事情を説明し事なきを得ましたが、今となっては良い思い出です。
"午後の部"では
男子4×100mRでアメリカチームの世界新記録を、この目で見ることが出来ました。
私の"専門種目"、男子100mの歴史を振り返る
一部、世界陸上からは離れてしまいますが
自分の専門だった100mの歴史(記録)を振り返ってみると…※私の知る限りの
Leroy Burrell - 9.90
Carl Lewis - 9.86
Leroy Burrell - 9.85
Donovan Bailey - 9.84
Maurice Greene - 9.79
Asafa Powell - 9.77 x3
Asafa Powell - 9.74
Usain Bolt - 9.72
Usain Bolt - 9.69
Usain Bolt - 9.58
2009年 ベルリン大会
ボルトの驚愕の世界記録9秒58は、記憶に新しいところ。
ボルトについては、200mの世界記録19.19の方が、個人的には度肝を抜かれた。
というのも、「前」世界記録となったマイケル・ジョンソンの19秒32が凄すぎて
400mの記録43秒18とともに
「向う100年は破られない」と思われていたので。
日本人選手の歴史的快挙
(91年 東京大会 男子400mの高野進選手については先述したので、割愛)
2001年 エドモントン大会/2005年 ヘルシンキ大会
2大会でメダルを獲得した、男子400mハードルの為末大選手。
中でも、大雨の中で行われた、2005年ヘルシンキ大会のレース
なだれ込むようにゴールラインを超え
メダルを確信した時の彼の姿は
そこに至るストーリー込で、感動的でした。
もう一人は、もちろん
2003年パリ大会 男子200mで銅メダルを獲得した末續慎吾選手。
400mで歴史の扉をこじ開けた高野進コーチとの二人三脚で掴んだメダル。
今回のオレゴン大会、男子100mでサニブラウン選手が
日本勢史上初のファイナル進出という歴史的偉業!を達成し歓喜にわきましたが
個人的には
サニブラウン選手が決勝7位となった結果を見た直後思ったことは
「末續の銅メダルって、やっぱスゲーな」
というものでした。
まとめ(織田裕二さん、中井美穂さん、お二人の陸上界にもたらした功績)
(画像転用元:TBS)
大会終了後、私はこのようなツイートをしました。
それでいてサッカーのリフティング、バスケのドリブルのような「ワー!キャー!」言われる技がない。(私の専門100M)人間の身ひとつをどんだけ早く移動させられるか、困難の先に見える別次元の世界…陸上関係者"以外"の多くの方にその魅力を伝え続けたお二人、ありがとう💐(2/2)#織田裕二 #中井美穂
— 腎生を善く生きる@在宅血液透析(HHD)9⃣年目突入‼️ (@Live_KidneyLife) July 25, 2022
正直、MC開始当初は、陸上部出身者からすると
「世界陸上に織田裕二?ない!ない!」
時は陸上競技アスリート(の端くれ)引退した頃
「素人に何がわかる!」と鼻息荒く
「何言ってんだ💢」と思うことあったが
近年は、1周どころか2週(3周?)回って
「このお二人じゃないと世陸は始まらない!」
とさえ思えるようになってる自分がいました。
全米陸上はじめ、現場を取材する織田裕二さんの様子を見て
「嗚呼この人は仕事じゃなく、マジで陸上好きで選手リスペクトしてる」と。
彼の世界陸上への思い、そしてアスリート達への尊敬の念は
大会最後の言葉にも表れてましたね。
上記ツイートと重複しますが
陸上競技って、選手の立場からすると
他競技、特に球技等と比べて地味で
選手の凄さが、あまり素人には伝わりにくいんですね。
高校の校内の球技大会で、バスケ部やサッカー部の連中が
後輩女子に「ワー!キャー!」言われて
「なんだよ、県大会いつも1,2回戦で負けてるくせに」と。
野球部なんて県予選ですぐ負けるくせに、県予選って名前の前に
「甲子園」って枕詞がついてるだけで、チヤホヤされて。
こっちは県大会で、当時の県高校記録を叩き出して
関東大会に行って、やっと、校内に垂れ幕出されて、全校集会開いてくれた。
※全学年授業時間短縮して時間を捻出し
私一人"だけ"の決起集会をやって頂いたことは、大変感謝しておりますが…
人間が、身一つで
こんなに早く走れるんだ
こんなに遠くに飛べるんだ
こんなに高く飛べるんだ
こんなに重いものを遠くへ投げれるんだ
その魅力を陸上関係者"以外"の多くの方に伝えてくれた功績の大きさ
陸上競技に携わったことのある人には、とりわけ感じているんじゃないでしょうか?
織田裕二さん、中井美穂さん
25年間、お疲れさまでした。
TBS様
お二人は卒業しますが