前回に引き続き、在宅透析8年目の私が、
2002年の自身の生体腎移植手術を、当時の日記を通して、振り返ります。
理由については、
在宅透析患者が、過去の腎臓移植手術を振り返る(エピソード0)
をご参照下さい。
今回は、手術後15日目から。
Table of Contents
【腎移植患者の日記】腎臓移植手術を振り返る(手術後15日目~)
午前△△先生回診
昨日同様、ドレーン跡の穴を洗浄し、さらにガーゼで穴をうめる。もうリンパ液や脂肪は出ていない。
月曜日採血の体内真菌・サイトメガロウイルス検査結果であるが、真菌はマイナス値(つまり感染なし)、 サイトメガロが今日明日中には出るという。
昼過ぎ、超音波検査。
夜、○○先生回診
午前のネオーラル血中濃度の結果は良好。吸収が良いので、明日からネオーラルを220㎎にする。
体内の炎症状態を見る数値も下がっている(つまり、昨日の処置から、ドレーン跡口からリンパ・脂肪液出ていないということ)。
サイトメガロウイルスの結果はまだ。只、このウイルスの危険性は術後1~2ヶ月続くという。
食事はもう普通に戻しても良い。退院する頃には日1800~2000kcalくらい食べてもよい。
今日から、歩行リハビリに他に、ストレッチと軽めの補強運動を始めた(大腿四頭筋・ヒフク筋・大腿二頭筋・殿筋・腹筋背筋・上腕三頭筋・大胸筋)
2002年12月某日
午前△△先生回診
昨日の超音波検査の結果、ドレーン跡にはもうリンパ液等はない。移植腎付近に微量なリンパ液があるが、それは体内に再吸収されるという。
月曜日のサイトメガロウイルス検査は、問題なし。
今日からネオーラルが240㎎に。 明日から食事も、現行の1200kcalから1800kcalにアップ。大幅体重減(今日時点で53.3!)の解消になれば。
2002年12月某日
今日からプレドニンはさらに5㎎減の20㎎に。
午前はネオーラル血中濃度のための採血(3回)プラス腎機能検査のための採血。
結果、ネオーラル300㎎から240㎎に減ったことで濃度は若干低まったものの、濃度曲線は非常によい。火曜日までは同量でいく。
クレアチニン1.65、炎症反応もなし、電解質のバランスもよいとのこと。
夕方分から薬の服用が自主管理に。
水分出納比及び体重から、浮腫みは殆ど解消されていると思われる。摂取カロリーも増えたことで、なんとか体重を標準体重に近づけていければ。
2002年12月某日
ドレーン跡の完全封鎖を確認、絆創膏もとれた。これで(やっと)外科手術の残処置が終わった。
今日、明日、明後日は目立った動きはないだろう(拒絶反応は別だが・・・)。
浮腫みは無くなったと思われるものの、依然体重は減少傾向。今朝は52.7kg。
明日から更にカロリーアップ(2000kcal)の食事にしてくれるというが、基礎体力回復の一環で始めている歩行・補強運動も始めている(当然カロリーも消費する)状況下で体重を増やすというのは、意外と難しいかも(もっとも、比重の重い筋肉がうまくつけば改善するのだろうけど)。
ここ数日、非常に落ち着いた日々が続いている。このまま来週水曜日を迎えたいものだが・・・。
2002年12月某日
終日、症状に変化なし。これでよし。
術後初めての●●・▲▲(甥っ子二人)との対面。
嫌な顔せずマスクしている姿などを見ると、幼心ながら“にーに”の状況を判っているんだろう。血筋がそうさせるのか。
友人も来てくれ、今日は大所帯。自分自身、結構しゃべった気がする。そのことを自分で考慮に入れ、夜の歩行リハビリは中止。
食事は今日も1800kcalのまま。いつ切り替わるんだろうか・・・
2002年12月某日
補足
今思えば、この時期(術後2~3週間)は、
"嵐の前の静けさ"
だったんですね。
年明け早々、あんなことになるとは・・・(後日投稿予定)
甥っ子の二人は、当時7歳と4歳。
そんな彼らも、立派な成年となりました。
幼少期に、身内に腎移植患者(&ドナー)がいるなんて、
貴重?な体験だったと思います。
現在も、今度は透析患者となった私の姿を、身近で見てます。
しかも在宅透析なので、よりリアリティのある形で。
「病気」「生」「死」について、
彼らなりの解釈ではありますが、ちゃんと自分の中に落とし込めているな、と、
そう感じる、今日この頃です。