寝ている間に透析終了!!
CKD患者にとっては、まるで夢のような透析、それが
オーバーナイト透析
一般的に「オーバーナイト透析」と言う場合
"施設"深夜長時間透析(in-center nocturnal hemodialysis: INHD)を指すものと、個人的には認識している。
一方で
"在宅"深夜長時間透析(nocturnal home hemodialysis: NHHD)
という言葉も、あるっちゃあるらしい。
が、しかし!
在宅血液透析施行施設、少なくとも私のHHDを管理して頂いている医療施設では
在宅でのオーバーナイト透析は"原則"禁止
となっている。理由は明快
患者の安全が担保できないから。
にも関わらず"原則"を破り
「自己責任」の名の下で、"在宅"でオーバーナイト透析を行っている患者さんは一定数いるようです。
私自身は(今のところ)在宅での"オーバーナイト透析"は想定しておりません。
その理由は「安全が担保できないから」に尽きるのですが
今回この点、もう少し深堀していこうと思います。
これから述べる内容は、あくまで "私は今こう思う" というレベルの話。つまり
「他者も(他のHHD患者も)こうあるべき」とする類のものではない。
そもそも、他者に「こうあるべき」などという権利は"私"にはないわけです。
その根拠として加藤尚武著『現代倫理学入門』の一節を引用致します。
自由主義の原則は、要約すると、「①判断能力のある大人なら、②自分の生命、身体、財産にかんして、③他人に危害を及ぼさない限り、④たとえその決定が当人にとって不利益なことでも、⑤自己決定の権限をもつ」となる。ところが、この五つの条件のすべてに難問がからんでいる。何を自由にしてよいかについて、大枠の合意が必要である。
(中略)
愚行の権利
第四の「たとえその決定が当人にとって不利益なことでも」という条件は、愚行を行なう権利を認めているのだから、「愚行権」の規定と呼んでもよい。「理性的に振る舞え」とか「物心両面の幸福を達成せよ」とかの申し分のないほど立派な理由があっても、それで他人の行為に干渉することは許されないという考え方である。「あなた自身のためになるんだから」という口実で干渉の手を伸ばしてくる者は、自由の敵なのである。
(引用元:加藤尚武著『現代倫理学入門』)
つまり、現在"在宅"でオーバーナイト透析を行っている患者さんを
非難する類のものではありません。くれぐれも誤解無きようお願い申し上げます。
Table of Contents
【透析中の睡眠】私が(今のところ)在宅での"オーバーナイト透析"を想定していない理由
私が在宅での"オーバーナイト透析"を想定できない理由を考えるには
"オーバーナイト透析"と一般的に呼ばれる施設血液透析の一形態である
施設深夜長時間透析(in-center nocturnal hemodialysis: INHD)について
その適応や安全対策、問題点をご紹介することが近道だと考えます。
参考文献は二点
『一歩先の透析医療~理論と実践~』山川智之編著
(※上記画像はAmazonとリンクしております)
及び、『頻回・長時間透析の現状と展望』日本透析医学会雑誌52巻9号
こちらを引用しながらご紹介しようと思います。
日本における施設深夜長時間透析の現状
施設深夜長時間透析の適応
希望する全てのCKD患者が施設深夜長時間透析を行えるかというと、現状そうではない。
前提としてまず、患者を受け入れる施設側の問題が、ある。
患者を受け入れる施設側の問題
- 深夜は緊急対応が難しいこと
- 通常深夜は消灯状態での透析となり、昼間の透析以上に安全対策が必要となること
から、十分な深夜勤スタッフを要することなどが望まれるが
夜勤ができる透析スタッフおよび医師を確保することは、そう簡単なことではないようです。
(病院においては病棟との兼ね合い、手当等人件費を含むコストの問題)
就寝中透析特有の要素
就寝中の透析では頻回の血圧測定は困難である。
実際、大半のINHD施行施設では、血圧測定は原則開始時と回収時のみだとのこと。
このことから
- 血圧が不安定であるなど透析中頻繁に処置が必要な患者
- 重篤な不整脈や治療が必要な虚血性心疾患がある患者
- 心機能の著しい低下があるなど透析中急変が想定される患者
はINHDには適さない。加えて
そもそも透析中の睡眠が困難な患者は、INHD適用は難しいでしょう(私などがそう)。
その他患者要因
飲水管理が出来ない患者
『一歩先の透析医療~理論と実践~』では施設深夜長時間透析を…
血液透析を就寝時に行うことで長時間透析を就労透析患者にも提供することができ、透析患者の社会復帰の点からメリットが大きく、国内外で施行する施設が少しずつではあるが増えつつある治療法である。
とある。つまり言わずもがな「長時間透析」が前提。
長時間透析により、透析1回あたり可能な除水量は増えるが
心合併症予防のためある程度の体重制限は当然必要。
結果、
血圧に大きな変動をきたすほどの除水を要するような体重増加があるような患者は
INHDには適さない。
(※まあこの点は、施設深夜長時間透析の話に限ったことではないが…)
VA(バスキュラーアクセス)不良の患者
「患者を受け入れる施設側の問題」で述べたように
施設側としては、深夜勤スタッフを十分確保することは現状難しい。そうなると
少ないスタッフで対応することが多くなるINHDでは
VAの状況がよくない患者は受け入れ難い。
施設深夜長時間透析の安全対策
『一歩先の透析医療~理論と実践~』にはこうあります…
血液透析は体外循環を伴うため一旦事故が起こった場合、最悪患者の生命にも関わることから安全に施行されることが大前提である。
このため施設深夜長時間透析を施行する医療機関の大半は
- 止血センサー
- 患者監視用のモニターカメラ
これら設備を設置し、失血対策の対応を行っているようです。
施設深夜長時間透析施行に際しての問題
『頻回・長時間透析の現状と展望』日本透析医学会雑誌52巻9号
こちらの各論2
安全性(施設深夜長時間透析(INHD)の適応と安全対策の実態)には…
本調査により、推定患者数は600人弱と、在宅血液透析患者の総数に匹敵することが判明した。
とあります。「600人」というのを多いととるか少ないととるか。
『一歩先の透析医療~理論と実践~』では…
INHDを施行する施設は徐々に増えているとはいえ、全国でINHDを受けている患者は1000人にも満たないと思われ、全国的な普及にはほど遠い。
との記述があることから「600人」という数字は多くはないのでしょう。
結局のところ、患者の安全を担保するに必要な
スタッフを始めとする"リソース"の確保が問題とのこと。
人件費含むコストの問題もからみ、なかなか難しいようです。
"在宅"深夜長時間透析で、患者の安全性を担保できるか
施設深夜長時間透析で、患者が安心して眠りにつけるのは
近くに透析専門スタッフがいてくれるから。
加えて
- 止血センサー
- 患者監視用のモニターカメラ
といったハード面からも安全が"ある程度"担保されているから、と言える。
『頻回・長時間透析の現状と展望』
2.安全性(施設深夜長時間透析(INHD)の適応と安全対策の実態)に
個人的には少々気になる記述がある…
HHDについては、患者自身が治療の安全性を担保する立場であり…
ん??"患者自身が治療の安全性を担保する立場であり"??
これは見方を変えれば
「透析中の事故は患者責任」
と読み取れはしないか。
しかし、たしかにこれは事実。
在宅血液透析で起こる事象の全ては、患者の責任のもと行われなければならない
これは理解している。
このことは"通常の"在宅血液透析でも言えること。つまり
在宅血液透析の"時間帯毎の事故発生率"といった具体的数値がない以上
「(患者が)起きてようが寝てようが、事故る時は事故るっしょ、じゃあ一緒じゃね??」
と言われればそれまで。しかし、それでも
私自身は"治療の安全性を担保する"ために
透析中、絶対に寝ません!
激しい睡魔に襲われますが、なんとしてでも寝ません!
仮に、現在の在宅血液透析環境に
- 止血センサー
- 患者監視用のモニターカメラ
といったハード面からも安全が"ある程度"担保される環境となったとしましょう。
それでも私は、在宅での血液透析中に眠ることはできません。なぜか?
止血センサーが異常を探知したとて
現場にスタッフが急行できますか?(現実的にできません)
症状によっては1分1秒を争うかもしれないにもかかわらず
「約1時間後にスタッフが到着」することが、安全性の担保になるのでしょうか。
患者監視用のモニターカメラで、患者の異常をキャッチ
そもそも、病院スタッフがHHD患者を常時モニターすることなど可能ですか?
仮に、仮に!"常時モニター"が可能となったところで、止血センサーの問題同様
「約1時間後にスタッフが到着」することが、安全性の担保になるのでしょうか。
まとめ
多くの施設で通常の透析よりも厳しい適応条件を導入し、通常以上の観察体制をとっている施設が多数を占めた。これは、ほぼすべての施設において消灯で行われており、施設によっては個室で施行されていること、また昼間の透析に比べ緊急時の対応が難しいことから、より高い安全対策が必要という問題意識があるためと考えられる。
(引用元:『頻回・長時間透析の現状と展望』2.安全性(施設深夜長時間透析(INHD)の適応と安全対策の実態))
上記諸問題が
「自己責任」の名の下で"万事解決"するんでしょうか、当然答えは「否」。
しかし現状、在宅血液透析管理医療施設側は
在宅で「どうしても"オーバーナイト透析"がしたい」患者の申し出を拒否できないのでしょう。
理由は、冒頭にご紹介した通り。
したがってここでは「あくまで私個人としては"こう"思う」以上のことは申し上げられません。
私が近年読んだ著作で、非常に心に"刺さった"一説がございますので、ここにご紹介致します。
自己決定とは、よくよく考えてみれば、そういう他者との複雑な網の目のなかで行われるしかないものであって、そういう意味では、純粋な自己決定はありません。私たちの行なう決定は、好むと好まざるとにかかわらず、いつも本質的に共決定であることを強いられているといえます。
(引用元:小松美彦著『「自己決定権」という罠 ナチスから相模原障害者殺傷事件まで』
2019年末透析患者総数344,640人
内、在宅血液透析患者数760人(0.2%)
私の現在の主治医はじめ、在宅血液透析普及のため
多くの関係者様が多大なご尽力をされております。
1/760である私が、HHD中もし"事故"を起こしたら…
私自身の命はいい(恐らく後悔はするでしょうが、その時私は"いない"ですからね)
家族は当然悲しむでしょうが、そこは身内の話。
たった一つの"事故"により
「やっぱり、在宅で血液透析やるなんて、危険なんだよ!」との声が挙がり
HHDの普及どころか
現在HHDを施行する患者さんが、HHD施行継続が不可にでもなったら…
私が在宅での"オーバーナイト透析"を想定していない理由
ミクロでは色々ありますが
マクロ的、根本的な理由は
自分一人の不祥事により、現在のHHD患者さん達にご迷惑がかかる
ここにあります。
在宅血液透析(HHD)を導入する、という「自己決定」も
"在宅"深夜長時間透析(nocturnal home hemodialysis: NHHD)を行う、という「自己決定」も
好むと好まざるとにかかわらず、いつも本質的に共決定であることを強いられている
あくまで"私は"、そう考えます。
今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。