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在宅血液透析 穿刺/抜針/止血

【在宅透析と穿刺】「自己穿刺(在宅血液透析)」と「他者穿刺(通院血液透析)」どっちがマシ??※2022年1月改訂

内シャントによる血液透析は、透析毎に内シャントへの穿刺を必要とし

穿刺時の痛み(疼痛)は、患者にとっては大きな苦痛です。

この穿刺時の痛みは、「通院血液透析」だろうと「在宅血液透析」だろうと変わりません。

が、そこをあえて…

自分で自分の腕(血管)に針を刺すのと

他人に自分の腕(血管)に針を刺されるのと

どっちが、マシ?

という命題を提起してみましょう。

この点に"白黒つけられる"人間は当然、実際に

自分で自分の腕(血管)に針を刺すのと

他人に自分の腕(血管)に針を刺されるのと

を経験した者だけ。そして

その対象者はそう多くはないでしょう、なぜなら…

2019年末透析患者総数 344,640人。うち

"自分で自分の腕(血管)に針を刺す"=自己穿刺を行っている人間は

たったの760人(約0.2%)だから。

(参照元:一般社団法人 日本透析医学会)

※この760人も、全てが全て自己穿刺を行っているわけでは、恐らくない。

在宅血液透析に必置の介助者が「医療者」であれば

穿刺を"代行"しているケースもあろう。

血液透析において とにかく痛い、シャント肢への穿刺

透析患者は、その痛みを

通院血液透析では週3回、耐えなければならない。

在宅血液透析では…患者によってまちまちでしょうが

私の場合は、週6回(土曜日のみ非透析日)  耐えなければなりません。

自分で自分の腕(血管)に針を刺すのと

他人に自分の腕(血管)に針を刺されるのと

どっちが、マシ?

殆どの通院血液透析患者様にとっては恐らく(少々乱暴な言い方をすれば)

どうでもいい話。しかし

在宅血液透析を導入検討している通院血液透析患者様にとっては

気になる点ではないかと。

そこで今回は…

血液透析における「自己穿刺」と「他者穿刺」どっちがマシか?これを…

  • 肉体的苦痛
  • 精神的苦痛

両側面から、私の独断と偏見で、検証してみます。

注意

"在宅血液透析は穿刺回数が多い" という要素はここでは考えません。

穿刺回数が多い方が苦痛、というのは当たり前なので…

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【在宅透析と穿刺】「自己穿刺(在宅血液透析)」と「他者穿刺(通院血液透析)」どっちがマシ??

お断り

これから、穿刺における「肉体的苦痛/精神的苦痛」について

  • 在宅血液透析患者側(つまり私)
  • 通院血液透析患者側

両方の立場から論を展開して参りますが…

当然ながら

私は通院血液透析の経験がございません。

したがって、実体験から自信をもって「こうです!」とは言えませんが

他者穿刺の経験はあるので

その僅かな経験から推論して参ります点、ご了承下さいませ。

肉体的苦痛

 

在宅血液透析

これを言っては、元も子もないですが…血液透析に必要な穿刺は

  • 自分で自分の腕(血管)に刺そうが
  • 他人に自分の腕(血管)に刺されようが

痛みモンは痛い!

「痛けりゃ、ペンレステープ(エムラクリーム)使えばイイじゃん!」

そういうお声が聞こえてきそうですが

私の場合、総合的な判断として

局所麻酔の類の薬(ペンレステープ/エムラクリーム等)は使用していません。

※理由については、下記ブログ記事ご参照下さい👇

お断り

穿刺による肉体的苦痛(主に疼痛)について

「自己穿刺」と「他者穿刺」共通している(と思われる)点、例えば

シャント肢の尺骨側領域(内側)は、痛い

といった話は、ここでは省きます。なぜなら

どっちも痛いので「どっちがマシ?」という話にはなりませんから💦

現在、在宅血液透析9年目(2022年1月現在)。

穿刺技術はそれなりに向上している、とは我ながら思います。

それでもその時々の状況で、痛みの程度に多少違いは生じます。

"その時々の状況"に影響を及ぼす要因として挙げられること、それは

穿刺のファーストコンタクトで、内筒(金属針)が血管をとらえられるか否か

という点です。

最初の一刺しで"脱血確認"とれないと(内筒が血管壁をとらえられていないと)

変な汗が出てきます(当然、痛い!)

変な汗の原因を、独断と偏見で推察するに

「痛い」という痛点だけの問題ではないように思われます。

(VTube動画)

(ブログ)

自己穿刺と他者穿刺との決定的な違い。それは

能動か受動か

という点。

能動というのは、自分の腕に針を「刺す」

受動というのは、自分の腕に針を「刺される」

ただ、

自己穿刺の稀有なところ、それは、

「能動的側面」と「受動的側面」を併せ持つ

ということ。

つまり、

針を持つ手(私の場合は右手)は、腕に針を「刺す」という能動的行為だが、

シャント肢側は、他者穿刺同様、腕に針を「刺される」という受動的行為。

針先と皮膚との距離が近づく刹那、

この「能動的行為」と「受動的行為」とが同時に行われる。

まさに、

sadisticな自分とmasochisticな自分とが

脳内で、せめぎあいを展開するのです。

ファーストコンタクトで、内筒(金属針)が血管をとらえ"られない"と

その瞬間から

脳内でせめぎ合いを展開していた

「sadisticな自分」と「masochisticな自分」とのバランスに

歪みが生じます。つまり

腕に針を「刺される」という受動的行為を行"われている"「masochisticな自分」が

腕に針を「刺す」という能動的行為を行う「sadisticな自分」より

より優位になる、言い換えれば

「sadisticな自分」が劣勢に立たされる。

もっとシンプルに表現すれば

「弱気になる」と言ってもよいかもしれませんね。

"肉体的苦痛"の話が「精神的側面」の話に転化したように思われますが…

同じ穿刺、同じ痛みレベル(絶対的レベル)だったとしても

穿刺結果が「成功」か「失敗」かで、痛みの感じ方が違うのでは。つまり

「失敗」の刹那、

「sadisticな自分」と「masochisticな自分」とのバランスに歪みが生じると

痛み刺激に対する感覚がより敏感になり

痛みがより強く感じられるのではないか

私の独断と偏見ではありますが…そんな感覚がございます。

"結果良ければ、全て良し"

みたいなことですかね。

「ヤバい!(内筒が血管壁を)外した!」

とにもかくにも先ずは軽く深呼吸し、気分を落ち着かせます。

皮下と血管との距離があり「刺し込みが足りない」ケースは

針を先へ進める"価値はある"。

深呼吸の呼気の時に、針を更に刺し込む。

それで脱血が確認出来たら一安心。

それでも駄目な場合は…残念ですが その時は一旦針抜いちゃいます

当然、痛いので。

抜かずに、血管と皮下との間で、穿刺針の「動き直し」をしする場合もありますが

成功率は五分五分。

何より「動き直し」の間は、当然変な汗が止まらない(=痛い!!)

結果、再穿刺止む無しということで、針抜く場合が多いです。

脱血はちゃんと確認できた

外筒(カニューラ先端)も血管壁をとらえた(血管壁を突き破った)

にもかかわらず

そこから先へカニューラが上手く血管内に入っていかない時も、ままあります。

恐らく、殆どの原因は、血管内にある「弁」の存在、つまり

「弁」にカニューラ先端が引っかかって、行く手を阻んでいるケース。

数年前までは、潔く諦めて抜針していましたが

最近では"弁の攻略法"も多少身についてきたこともあり

"粘る"こともあります。

が、痛ければ抜針します、つまり

カニューラの行く手を阻んでるのが「弁」の問題ではなく他の問題、例えば…

実はカニューラ先端が血管から外れていた(一旦はとらえたが後に外れた?)

血管の蛇行部で引っかかる、言い換えれば

針が入射した血管壁の反対側の血管壁に、カニューラ先端がつかえている、etc

そんな時は、文字通り「肉体的苦痛」"大有り"なので

当然、抜針します。

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通院血液透析

医療関係者の方々にはに、ご無礼を承知で…

「穿刺時の痛みの程度は、手技する人による」

と、思う患者さんは、少なからずいらっしゃると思います。

患者によって、特にご高齢者の方々などは、血管も細く

穿刺できる選択肢が限られてしまっている場合もあるか、と。

その場所が難解だと、手技をする人の技量がより左右されてしまうのは

ある意味、致し方ないかもしれません。

プロの方の穿刺は(超慎重派の私に比べ)手技が早い! さすがプロといったところでしょうか。

慣れた手つきで

皮膚へのファーストコンタクトから脱血確認、カニューラ挿入、金属穿刺針を抜く。

この一連の動作が躊躇なくスムーズに行われます。

そんな時患者様が痛みを感じるのは、皮膚へのファーストコンタクト時くらいですかね。

ただ、さすがの"プロ集団"もたまには血管外しますよね。

スタッフとしては「刺し直しは患者が可哀想」との思いから、その一刺ですませてあげようとの配慮で

皮下での穿刺針の動き直しをしてくれる場合もあろうかと思いますが…

あれ、どうですか?

上述したように、自己穿刺での「動き直し」にポジティブな印象がないので

他者穿刺での「動き直し」も

患者様には肉体的苦痛を強いられるのではないか、と

勝手に推察しております。

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精神的苦痛

 

在宅血液透析

現在、在宅血液透析9年目(2022年1月現在)。

自己穿刺時の"ファーストアテンプト"は、今でも緊張感があります。

痛いのが分かっていて、自分で自分の腕(血管)に針を刺す。酷ですよ…

「痛いよな~痛いよな~(刺して)ほーら、やっぱり痛いじゃん!!」

となる。

痛くても、穿刺成功すれば、まだいい。

穿刺失敗した時、メンタルをどうやってコントロールするか

(どうやって一度"落ちた"メンタルを立て直すか)

誰のせいでもない、自分がミスったんですから

周りの誰かに、当たるわけにもいかない。

そんな気持ちが折れそうな時でも、透析をやらないわけにはいかない。

もう一回、自分を奮い立たせるためには、結構なパワーを使います

時に、温かいお茶を一口飲み

少し目を閉じ、深呼吸

気持ち落ち着かせ、再チャレンジ。

そこでも失敗した時は…もうね💦

自己穿刺は、自分との闘いでもあります。

おまけ

穿刺ミスした時のメンタルの落ち込みについて。

在宅血液透析9年目。

神経も随分図太くなったのか

HHD導入当初のような"やわな"メンタルではなくなりました。

これも慣れですかね。

穿刺ミスしても

「あっ!やべ!やっちゃった!!」

メンタル凹むは凹みますが

リカバリーは早くなってきたと思います。

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通院血液透析

穿刺時の痛みの程度は手技する人による、と思っている患者さんは

「今日は誰が刺してくれるのかな~」

と、待つ間で多少のドキドキ感はあるでしょう。

穿刺が失敗したり、痛かったりした場合

スタッフに嫌みの一つや二つ言ってしまう患者さんもいるでしょうね。

患者様のお気持ちを理解できますが、一方で

スタッフの方も気の毒だな、とも…

やはり、我々患者は

医療従事者へのリスペクトの気持ちは、忘れてはいけないな、と

此度のパンデミックで、つくづく感じます。

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まとめ

thanks,

さて、結局

「自己穿刺」と「他者穿刺」どっちがマシなの?

と聞かれたら、私は

「自己穿刺」に軍配を上げます。

なぜなら

穿刺の失敗に関して、私の場合は

他人のせいにするより、自己に責任を転嫁した方が、気が楽

なのです(優等生的解答ですが…)。

穿刺失敗を「ふざけんなよ!」と

他人のせいにする自分が、時間が経つと嫌になる。

「自己穿刺」と「他者穿刺」どっちがマシなの?

ミスの責任を自分で背負う方を良しとするメンタリティーのお持ちの方は

自己穿刺(在宅血液透析)に"向いて"いるかもしれませんね。

自己穿刺は(大袈裟に言うと)

穿刺に伴う痛みと恐怖それらとの対峙であり

つまりは、自分との闘いでもあると思います。

この難しいタスクを担ってでもなお余りある程の恩恵が在宅血液透析にはある

と、私は信じています

だから頑張れる、とも言えますね。

おまけ

「誰か、刺して…」

そう思う時も、無くはない。

どんな時か、例えば

39℃を超える高熱のある状態など

その時は、さすがに💦

上記ブログでもご紹介しておりますが

"2014年"と"2019年"

高熱下で自己穿刺を強行せざるを得ない時がありました。

頭はボーッとするは、焦点定まらないは…

かなりアバウトな感じで穿刺、そりゃ当然、血管外しますはね。

気持ち完全折れました…が

それでも、もう一度気持ちを奮い立たせて透析はやりました

褒められるようなことではないですが。

高熱下で透析を行うか回避するかは

体調を見極めながら判断するしかないのは当然ですが

懸案(判断が難しいの)は

その日の透析を回避(スキップ)したとして、翌日体調が回復する保証がないということ。

2019年の高熱時は、前日透析していなかった。

「前日透析していなければ

2hでもいいから、出来るだけ透析はやったほうが良い

そうすれば、翌日休めるから」

との医師のアドバイスのもと、透析を強行。

穿刺は3度失敗…

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